任期の振り返りと今後の展望を述べる小宮山宏総長(=当時)

任期前半を終えた小宮山総長が語る次の課題
順調な「構造化」「国際連携」
遅れた学生支援、問題は資金

小宮山宏総長の任期が半分を過ぎた。これまでの2年半で、総長としての目標はどの程度達成できたのか。また、残りの1年半で達成すべき課題は何か。その課題に向けて、教育再生会議を通じて教育問題と関わる中で見えてきたものをどのように大学の運営に生かすのか。今後の課題と展望を小宮山総長に聞いた。(取材・稲葉栄憲、岡崎佑大 撮影・山田悟史)

 

進む海外展開

──アクションプランの内容はどの程度実現できているか

全体的に当初の予想よりも早い速度で達成できていると思う。 特に進んでいるのは、知の構造化や海外との連携だ。知の構造化では、膨大になった知を目的に応じて組み替えるための方法を研究する「知の構造化センター」が今年6月に開設された。

海外との提携では、世界に東大の研究拠点を130カ所作る計画がある。9月からイエール大学に2人の教員を派遣して日本研究のプロジェクトが開始されるなど、約30の拠点が完成しつつある。場所など詳細な計画があるものまで含めると80カ所くらいになる。

また、海外の大学と互いに研究室を出し合うプロジェクトもある。東大は日本企業の研究費支援による研究室をスイス工科大学に設置し、スイス工科大学もスイス企業の資金による研究室を東大に出すことを検討している。

寄付による建物の建設も進んでいる。最近はアントレプレナープラザが開館したし、来年2月に開館予定の情報学環福武ホールの建設も順調だ。

──実現が遅れている分野は何か

奨学金などによる学生の支援が遅れている。原因は、毎年恒常的に使える資金が足りないことだ。現状では寄付建物のように一時的な寄付による収入はあっても、毎年継続して使えるような収入が不足している。国際的に優秀な学生や教員の獲得競争が激しいので、学生や教員に支給するための予算が毎年あと60億円くらい欲しい。

 

少ない教育予算

──資金が不足している原因は

政府による大学への支援が不足していることだ。高等教育機関への公財政支出が、アメリカでは年間15兆円あるのに対し、日本は2兆円しかない。フランス、ドイツ、イギリスなどは、金額で考えれば日本と同程度だが、GDP 比で考えると日本はこれらの国の約半分しかないといえる。また、英米の大学は日本の大学と比べて歴史が長く、毎年蓄積されてきた投資額の合計は、日本の大学よりはるかに多くなる。

日本では、国内で実績のある大学への重点的な資金配分は行われているが、これは2次的な問題であって、まずは全体の投資額を増やすことが最も重要だ。世界大学ランキングの上位に登場する大学の数と、政府による大学への投資額に明確な相関関係があることからもそれは明らかだ。GDP 比でヨーロッパと同程度にするためには、日本では少なくとも年間5兆円の投資が必要だ。このことは、私が参加した教育再生会議でも問題になったが、明確な結論が出ずに終わってしまった。財政状況が厳しいため、政府からの援助額を増やすというのは現実的ではなかったのだろう。

──東大基金の設立を目指して寄付を募っているが、その狙いは

政府からの援助を増やすのが難しいのであれば、広く寄付を募ることが現実的な対応だ。東大基金は、寄付された資金をすぐに使い切ってしまうのではなく、寄付をもとに基金を設立し、その運用により恒常的収入を利息で毎年得ようというものだ。

寄付を加速するには、政府による寄付に対しての税額控除が有効だろう。日本社会はアメリカなどと違い平均化されているため、各人の持つ財産は少なくても、合計額は非常に大きくなる。そこで、寄付に対する税額控除を行えば、家計から多くの資金を得ることが可能になる。

 

大学に任せよ

──教育再生会議では、大学院への内部進学者を3割以内に抑えるという案が発表されたが、この案に賛成か

学生がさまざまな大学や分野の間を流動的に移動し、多様な環境のもとで学ぶべきという考え自体には賛成する。しかし、上から強制的に内部進学者を3割以内に抑えるのは誤りで、本来各学生が自主的に判断すべき問題だ。欧米の慣習を何でも模倣しようとして、トップダウンの方式でそれを実現しようとする日本の傾向は問題と言える。

教育再生会議は議論の時間が不足しているように感じる。こういう問題を、わずか数時間の議論で決めてしまおうというのは本来無理なことだ。話し合った内容をもとに各参加者が調整検討を行った上で再度話し合うというプロセスを何度も繰り返すことで結論を出すのが理想だ。

──東大ではどのような取り組みがあるか

京都大学などと協定を結び、大学院のうち1年間は互いに学生を派遣して相手の大学で学ばせるという構想がある。こういった取り組みを、ボトムアップの方式で利用するが望ましいと私は考えている。

 

学生支援充実を

──総長としての今後の目標は

総長になって感じたのは、人材養成や産学連携など、社会が大学に期待しているということだ。その期待に応えて、大学から社会に対してさまざまな取り組みを提案していきたい。

残りの任期で、アクションプランに書かれたことはすべて実行したい。中でも特に、留学生や大学院生の支援に力を入れたいと思っている。博士課程の学生には、奨学金などでアメリカ並みの支援体制を作ることができればよいと思う。アメリカを真似したいのはこういうところだ 。

もう一つは、リーダーシップをとることのできる人を育てること。「本質を捉える知」「他者を感じる力」「先頭に立つ勇気」を持った人材の育成に引き続き取り組んでいきたい。