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4年間の任期を振り返る小宮山総長(=当時)

 

新しい総長像つくれた

退任直前4年間の任期を振り返る

論文だけでは社会うごかない

 

 「新時代の求める新たな総長像を作り上げる」。就任前にそう宣言した小宮山宏総長が、31日、4年間の総長の任期を終える。04年に国立大学が法人化され、大学を取り巻く環境が大きく変わった直後での就任だった。この4年間で東大は何が変わったのか。次期総長である濱田純一理事・副学長(情報学環教授)(KEY WORD①)へのアドバイスは。世界をリードしていく学生への期待を込め、小宮山総長が語る。

(取材・山田悟史、大野木洋輔、池辺貴洋 撮影・菱山哲平)

 

達成度は200%

──小宮山総長は就任後、「アクション・プラン」(KEY WORD②)を発表し、任期中の活動をまとめて発表した史上初めての総長です

 私が総長としてしたことは「自律分散協調系」に集約されると言っていい。「自律分散」は、例えば各教員が自発的にそれぞれの研究をするような状態です。大学にはこの体制が根本にあり、その重要性を私も認めます。私がしたのはそこに「協調」の仕掛けを作ることです。つまり総長のリーダーシップで、一つのテーマの下にさまざまな人が集まるような仕掛けを作ったのです。それによって教員個人や各学部が活性化したと思っています。「自律分散」に直接手を加えず、「協調」の仕掛けを作ることで「自律分散」を強化したわけですね。「アクション・プラン」には「自律分散協調系」の理念が生かされています。

 

──「アクション・プラン」には数多くの項目が列挙されていますが、七つの大きな柱があります。それぞれで特に思い入れの深いものは。まずは「教育」「研究」があげられていますが

  アクションプランの達成度は「200%」。中にはできていない項目もあるが、想定以上にできた項目もあるのでこれで100%。後の100%は協調系の自律分散系への波及効果という計算です。特に思い入れの深い「教育」では、ハード面で「理想の教育棟」(③)。ソフト面では「学術俯瞰講義」(④)いずれも駒場における「理想の教養教育」を推進するための仕掛けです。

 「研究」では各研究科などの壁を越えた「部局横断型組織」を数多く作ったことです。「協調」の最たる例です。例えば最近できた「政策ビジョン研究センター」には、東大が政策提言をするという目的の下に、法・経・工・医などから教員が集まった。これは少し前までなら考えられなかったことで、実際アクション・プランからこの項目を消せって声もあったくらい(笑)。大学は政治とは一線を画すべきだと私も思うが、政策を提言することは、知の先端が集まる大学の責任だと思う。

 

──残る「国際的活動」「組織運営」「財務」「キャンパス環境」「情報発信と社会連携」は

 「国際的活動」は、最も苦労して、かつ最も頑張ったこと。例えば08年に始まった「G8大学サミット」(⑤)では、東大が事務局を務めて、しかも恒常的な会議になりつつある。英語で各国の関係者と意見交換したり宣言文をまとめたりしなければならないため、それはもう事務作業も含めて大変だった。しかし結果的に成功を収めることができたことからも、東大は「参加型」の国際化から「主導型」の国際化に大きく一歩を踏み出せたと思う。これが「課題先進国」日本にある東大のあるべき姿だ。

 「組織運営」では、なんといっても「総長室総括委員会」(⑥)を設置したこと。各部局ではなく全学的委員会が教員人事を決められるような組織を作れたことがポイントで、これにより協調系の仕掛けが作りやすくなった。

 「財務」は4年間を通して大変でした。「東大基金」を作ってその運用益を上げたり、東大の知的財産をお金にする「東大TLO」を設置したり、東大発のベンチャー企業を支援するエッジキャピタルを創設したりと、お金を集める枠組みをいろいろと作ってきた。同時にその枠組みを運用する専任のポストを作った。これによって今後の継続性も保証されるし、収入も確実に伸びていくと思っている。

 「キャンパス環境」という点では、改修なども含めてかなりきれいになったと自負している。プールや体育館の改修などやり残したこともあるが、駒場は特に見違えるようになった。改修したといってもお金を多くつぎ込んだわけでもない。以前は部会ごとにやっていたメンテナンスを、キャンパス単位で一括して行うことで効率良くかつ安く行う工夫をした。

 最後の「情報発信と社会連携」だが、メディアとの関係はかなり大事にしてきた。ネガティブな情報も隠さず公表した。国内に限らず海外にも発信できたし企業との連携も増えた。社会連携はかなりうまくいったんじゃないか。

 

「行動」で先頭に立つ

──社会における東大の役割は何だと考えていますか

 社会の課題に対して「行動」でもって対応していくこと。「象牙の塔」であってはいけない。「行動」によって時代の先頭に立つことが、東大の役割だと私は思います。しかし、ほとんどの大学が社会の大きな変化への対応を大学が先導していかなければならないということに気付いていないのが現状です。

 21世紀はこれまで人類が経験したこともないような大きなパラダイム変化の時代です。具体的には「有限の地球」「社会の高齢化」「知識の爆発的な増加」の三つの問題が出てきた。これらの課題に対する解決策は地球上どこにおいてもまだ見つかっていない。日本は明治時代のように西洋に解決策を求めることなどできないわけです。

 私は地球環境工学が専門で地球温暖化に関する問題も扱っているのですが、今アメリカでは「グリーンニューディール政策」ということが盛んに言われていますよね。それに対して日本では「日本版グリーンニューディール政策」ということが言われているのですが、これは実はおかしな表現です。なぜならアメリカがやるくらいのグリーンニューディールなど既に日本でやっているわけです。それなのに「日本版」と付けるとまるで日本がアメリカのまねをしているみたい。日本は環境問題で「課題先進国」日本なのに、文明開化以来の「途上国意識」が抜けていない。このことを先日テレビ番組の収録で指摘したら、その場にいた斉藤鉄夫環境大臣が「その呼び方はやめます」と宣言しましたよ(笑)

 今のはほんの一例ですが、つまり環境や高齢化の問題に他の国より早くぶつかっている「課題先進国」である日本は、ほかの国に先駆けて新しいモデルを作っていかなければならない運命にある。その中で東大は時代をリードするコンセプトを打ち出していく必要があると思うんです。例えば、この前にあったダボス会議で、私は「プラチナム・ニューディール」というコンセプトを打ち出しました。高齢化が進んだシルバー社会をネガティブにではなく、生き生きとした輝かしいものとしてとらえようという意図からです。

 

──04年に国立大学が法人化されるという変化もありました。法人化を経た後の東大で、就任前の宣言通り「新しい総長像」は確立できましたか

 東大が法人化されて2年目に私の総長の任期が始まりました。法人化した大学が何をすべきなのかを考えなければならなかったという意味で、歴代の総長とミッションが全く違います。

 総長は文部科学省が負っていた経営の責任も負わなければならなくなりました。外部から資金をいただかなければならない場面も当然増えます。それに伴い社会への説明責任が一層求められるようになりました。私は任期中、東大から社会への発信にとても力を入れました。著書を出版するときは表紙に自分の顔を載せたり(⑦)、新聞やテレビなどメディアにも積極的に出たりした。顔を出すのは本当は恥ずかしいのだけれど、それは東大総長としてある種義務だと思ってやったのです。これまでの東大総長はこういうことをあまりやってこなかった。しかし、単に本を書いたり学術論文を書いたりするだけでは、社会を十分なスピードと量で動かすことはできないのです。

 例えば、環境に配慮した自宅「小宮山エコハウス」には多くのマスコミが来ました。でも「小宮山エコハウス」自体はそれほど特殊なことではない。私が東大総長という立場であるからこそ多くの注目を集めたのです。私はそれでいいと思っているんです。

 総長の仕事は本当に面白かったし、私は新しい総長像を作れたと思っています。

 

求められる「率直さ」

──4月に濱田理事・副学長が総長になりますが、自身の経験からの教訓は

 私が総長の任期中、濱田先生は理事・副学長として一緒にやってきたのでそれほど急に何かが変わるとは思っていません。濱田先生がアクション・プランを作るかどうかはまだ分かりませんが、濱田先生は私のアクション・プランを構造化してIT化する担当者でもあったので、引き継ぎという面でも特に心配はしていません。

 何かアドバイスするとしたら、外への発信をし続けるということです。守りの姿勢ではだめだと思う。それと同時に学内への発信をするということです。総長は何かをしようとするときに内部で意識を合わせるのはとても難しい。特に東大のような大きな組織ではそうです。あとは事務組織が教員と連携して経営をさらに高いレベルにするということでしょう。

 東大総長は、海外も含めさまざまな人と出会います。言葉が違うことも多いですが、でも結局はその人の「人間性」で勝負が決まると思います。それと自由に議論できることが私はとても重要だと思う。その意味で「率直さ」が求められると思います。日本人には苦手な人が多いですが、年長者や地位が上の人にどれだけガンガンものを言えるか、ということが大きい。私は割と言いましたし、逆に若い人に言われた時は我慢していました。「小宮山さんは若い人にガンガン言われても気を悪くしないからエラい!」と言われましたが、気は悪くしてるんですよ(笑)。ただそれで怒っちゃうと次から率直な意見を言ってくれなくなって結局自分が損しちゃうんです。

 

ネットワークのハブになる

日本を変える

──総長を退任した後はどのような仕事をしていきますか

 今考えているのは日本にイノベーションネットワークというものを作ることです。今の日本には、「日本を変えよう」「日本はこのままではまずい」と思っている人は結構いる。でもそれが具体的な成果に結びついていない。私は現状に危機感を抱いている人たちを、ある力にするのは、ネットワークだと考えているんです。そして私自身はそのネットワークの最も強力なハブになろうと考えているんです。

 2月から私は文科省の中央教育審議会の委員になりましたが、その仕事が私のものすごく重要な役割かというと、そうとも思ってないんです。むしろ、いろいろなところに自分のポジションを持とうと思っています。東大が一番重要な拠点になると思います。

 以上のようなネットワークのハブの役割はこれまでなかったものですから、「東大総長」のように分かりやすい肩書きでその役割を表現することはできない。あえて言うとすれば、シンクタンクに「行動」の機能を加えたものといえるかもしれません。具体的にこの人、この組織と協力しよう、という構想はたくさんあります。その中には4年間の総長時代に出会った人も多い。私が総長としてうまくやっていけたのも、そのようなネットワークがあったからだと思います。私くらい日本の産業界と個人的な関係を築いた総長はいないのではないでしょうか。

 

若いうちに失敗を

──今後も東大と関係を保っていくとのことですが、今の学生に期待することは

 私は今の学生にとても期待を持っているんです。先日ヒラリー・クリントン米国務長官が東大を訪れたときの学生とのタウン・ミーティングでは、学生の司会ぶりといい、会場からの質問の質といい量といい、素晴らしかった。クリントン氏は予定より20分延ばして学生との意見交換をしてくれた。私の横に座っていた六カ国協議で米主席代表を務めたクリストファー・ヒル氏は「どうして東大生はこんなに優秀なんだ!」と驚いていました。だから私はすかさず「そんなの当たり前だ。東大にはトップクラスの学生が来ていて、ハーバードとはレベルが違うんだ」と言いましたね(笑)

 優秀な学生がたくさんいるんだけど、その一方で私は「若いうちに失敗しろ」といつも言っています。年を取るとなかなか失敗させてくれない。でも失敗した時にこそ一番ものが分かる。私も挫折はいっぱいしました。「これは挫折じゃないんだ」と言い聞かせるのではなくて、挫折を挫折と認めることも大事だと思います。私は東大の進振りで化学の道を選びましたが、実はそれは叔父からのアドバイスとか進振りの点数とかを含めて、偶然の産物としか言いようがないんです。でも今振り返るとあそこでの選択は良かった、と言える。ただ研究をしている途中で良かったなんて思わなかった。私が研究をしている最中に公害や産業構造の変化などで化学産業の基盤が崩れてきたわけだから。

 でも自分の選択が良かったかどうかは結局「結果」が決めることなんです。過去の選択に対してくよくよしてもしょうがない。将来や今の選択はできても過去の選択はできないんだから。それに人生って「こうなったら一番いい」という選択肢があるわけじゃない。選択しつつ決まっていくものだし、それを選ぶのは自分。だから割り切りも必要で、選んだら選んだで、そこで10年ぐらいやるべきだと私は思う。もちろんすべてがそうだとは言わないけど、何か成功を収めたり本当に何かが分かったりするには、10年くらいはかかるものなんだよ。

 

 

KEY WORD

他者を感じる力

本質を捉える知

先頭に立つ勇気

〈総長 過去の式辞より〉

    濱田純一理事・副学長(写真①)

 08年11月に行われた総長選挙で次期総長に選出。1950年生まれで戦後生まれとしては初の総長。専門はメディアで、情報法など新しい学問分野の開拓でも知られる。

    アクション・プラン(写真②)

 小宮山総長が総長就任後に発表した05~08年の任期中の活動方針。毎年更新された。小宮山総長の「決意表明」という位置づけ。「自律分散協調系」と「知の構造化」がキーワード。発表後、他の国立大学もそれぞれのアクション・プランを発表する動きが出た。

    理想の教育棟

 駒場Ⅰキャンパスに建設予定の建物。ICT機器などを活用し能動的学習を促進する教室が入る「Ⅰ期棟」と、実験のための教室などが入る「Ⅱ期棟」がある。地上5階地下2階のⅠ期棟は2010年に9号館の東側に完成予定。

    学術俯瞰講義=7面参照

 05年に駒場で始まった授業。各学問分野がどのようにつながるかを明らかにするのが狙い。異分野の教員複数人が、半年かけて一つのテーマについて講義する。各界の著名人が講師を務めるのが特徴。

    G8大学サミット

 北海道洞爺湖サミットを機に08年夏に行われた、東大を含めた14カ国の35大学のトップが集まった史上初めての会合。持続可能性(サステイナビリティ)の重要性を踏まえた「札幌サステイナビリティ宣言」が採択された。

    総長室総括委員会

 新しい組織を総長室直轄で設置できる仕組み。各研究科における教授会の役割を果たすことができる。部局横断型組織の素早い設置などをしてきた。

    小宮山総長の著書(写真⑦)

 『知の構造化』(オープンナレッジ)、『東大のこと、教えます』(プレジデント社)、『「課題先進国」日本』(中央公論新社)など。帯には総長の顔写真が載っている。