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本紙のインタビューを受ける濱田純一新総長(=当時)(1面)

任期6年、東大の針路は

総長本紙単独インタビュー

 濱田純一総長が9月18日、東京大学新聞のインタビューに答えた。就任から約半年が経ち、様々な課題が見えつつある。10年1月には総長任期中の大学の指針となる「行動シナリオ」を策定する予定だ。6年間の任期の展望について、「東大像」「教育」「大学行政」という軸で聞いた。=2面にキーワード

(取材・笠松和也、撮影・池辺貴洋)

 

知識は社会のために

理想の東大像

──今回の学部入学式で「タフな東大生になれ」「『才ありて徳なし』ではいけない」と言いましたが、濱田総長が考える理想の東大生像とは

 「タフな東大生」という言葉の根本には、知識しか持っていないと、個人的にも社会的にも損だという考えがあります。持っている知識を使って人々とのつながりや社会をどう作っていくのかを考えないといけない。そうでないと、知識が自己満足の中にとどまってしまうと思うんです。

 「タフ」というのにはいろいろな意味がありますが、一番重要なのはコミュニケーションをする力ですね。ここでいうコミュニケーションは、他人とわいわい話すことではなくて、自分の知識と他人の知識を組み合わせる力です。自分の持っている知識というのはいくら頑張っても高が知れているものなのだから、その知識をベースにして他人の知識をくっつけて何かを作っていかなければいけない。それがうまくできないと、知識が生きてこないと思うんです。研究者になるとしても社会人になるとしても重要なことです。

 「『才ありて徳なし』ではいけない」と言っているのも同じことですね。才能があって自分のためだけに使っているのではいけない。そうした「徳」は他人と何かを作り上げていく上での前提となります。

 

──就任記者会見の時に東大を「旗艦大学」と位置付けていましたが、東大が社会や国立大学全体の中で果たす役割は

 他の国立大学と一緒になって知識や研究水準を引き上げていく役割があると思っています。実際にこれまでも東大はこうして役割を果たしてきましたが、自分の役割を正面から「旗艦大学」と言ってこなかった。東大生があまり自分のこと東大生だと言いたがらないのと一緒ですね。

 シャイと言えるのかもしれないが、一方では、自分の役割をはっきりと言わないというのは、責任回避とも言える。自分の役割を正面から認めて課題とする発想が大事だと思います。そういう理由で、あえて国立大学の先頭に立って引っ張っていくという意味を込めて「旗艦大学」と言いました。生意気だという評価もないわけではないが、思ったよりも好意的に受け入れられました。

 しかしやはり「旗艦大学」だと明言してしまうと責任が重いですね。「旗艦」というのは、船団になっているほかの国立大学がいないと言えない。そういう意味で「旗艦」というのは「東大の独り勝ち」という意味では全くありません。

 

価値判断の原点に

教養教育再編

──駒場で理想の教育棟建設や教養学部後期課程再編が行われる予定で、教養教育は様変わりします

 目指したいのは、一つに討議力を養うこと。タフな東大生を育てるためにも必要なことです。知識を自分一人で抱え込んで勉強しているというのではなくて、議論し合いながら知識の水準を高めて鍛えていくというのが望ましい。討議をすると自分のわかっていないことが見えてくるので、討議は学びの過程の中で重要なことです。

 もう一つは昔からよく「哲史文」と呼ばれるような基本的素養を身につけてもらいたい。文系では哲学・歴史・文学、理系では数学・物理になりますかね。そういう素養をすべての学生がしっかりと身につけてほしい。今はカリキュラムが細分化されていたり、実学的な教育を受けたいという学生の要望があったりして、オーソドックスな科目をどんと置くことが難しくなっている。

 現行のカリキュラムでは、前期課程の総合科目はわかりやすいものから学んでいくけれども、分かりにくい内容を受験勉強のように学んでいく授業もあってもいいと思っています。大学に入ると、受験勉強のような詰め込み勉強してはいけないという、ある種の固定観念がありますよね。ですが、若いうちにもっと知識を詰め込むことも大事だと思うんです。人生は長いですから、詰め込んだ知識が後で役に立つ場面がきっとあります。

 

──東大の教育に対して意見を持っている学生もいます。学生の意見をどう活用しますか

 学部の授業評価アンケートというものもありますが、なかなか学生の意見を直接聞くという仕組みはないですよね。学生の声を聞く機会を何か考えないといけない。おそらく複線的に対策しなくてはいけないと思います。授業を担当している先生からストレートに声が伝わってくる仕組みにしたいですね。

 

──グローバル30に採択され、アジアの留学生に対して東大で学ぶ意義をますますアピールする必要が出てきました

 グローバル30では英語だけで卒業できるようにしますが、それでは米国の大学に行くのとほとんど変わらない。やはり日本に来る意味というのは、日本や日本文化を経験していくことでしょう。英語による授業だけ整えればグローバル化になるというのは変だと思いますね。これは日本人学生にとっても同じことですが、留学生にとって東大が物事の価値判断の原点になる場所になってほしい。そうした原点を若い時代に模索するということが重要だと思います。

 中国から来た学生が日本の文化に触れて、必ずしも惚れ込む必要はないと思います。日本の文化に触れて、やっぱり中国には良い文化があって、これこそ自分が大切にすべき価値だと気付くというのでもいいと思うんです。他の言語や文化に触れて、自分がこれまで持ってきた価値観や考え方を確認するというのが、留学のプロレスだと思います。そのためにも、日本語の教育をしっかりやりたいですね。

 

国際化システム整備

大学行政の展望

──G8大学サミットなどで「東大の国際化」に何が必要だと感じましたか

 イベントをして国際化を見せるというのは終わりつつある時期にきているのかもしれません。既に国際化は教員の間では進んでいるのだから、これから新しいイベントをしていく必要はあまりないですね。

 今必要なのは、「東大のシステムの国際化」だと思います。留学生の受け入れと東大生の留学を推進することですね。特に留学生関係の書類は形式がばらばらで手続きが面倒なので全学的に統一するとか、不足している宿泊施設を整備するとか、受け入れ体制を充実させたい。またグローバル30を通して、英語を使った授業に対応できる教員が増えていくことも期待できると思います。人、設備、書類など、そういう全体的なシステムを整備していくことが、私の6年間の課題だと考えています。

 授業を英語で行う上で特に難しいのは、学部の基礎的な授業ですね。グローバル30では駒場で先駆的に学部の授業を英語でやろうとしていますから、そこでの経験が全学的に使えるノウハウになればいい。

 

──ホームカミングデーに多くの卒業生の参加を促すなど、卒業生との結び付きをより強くしていくことが課題になっています

 東大が「世界を担う知の拠点」になると言いましたが、ここでいう「東大」は卒業生も含めています。「グレーター東大コミュニティ」というコンセプトですね。卒業生と結びつきを持つ機会を増やしたり、卒業生に東大のイベント運営に加わってもらったりしたい。例えば、東大に来る留学生のホストファミリーになってもらえないかと思っているんです。「やりますよ」と言ってくれる卒業生もけっこういるみたいですね。今までは卒業してから何か頼むのは煩わしいだろうと考えていましたが、これからは卒業生に助けてもらいたいと思っています。来年1月をめどに作る「行動シナリオ」を作成する段階でも、卒業生の意見を聞くつもりです。

 

──『淡青』で書庫の不足について言及していましたが

 文系の研究室には、収納できず床積みになっている本がたくさんあります。柏に持っていくという対策も進めていますが、手近に本がないと調べるのが億劫(おっくう)になってしまう。

 ですから本郷キャンパス内に本を収納できる場所を作りたいと思っています。今どの建物が使えるか探しているところですが、総合図書館の近くにできればいいですね。もともと総合図書館一帯にはもう少し建物を建てる予定があったそうです。消防法に引っ掛かるという話も聞きますが、本当に建てられないのか確かめる必要がありますね。

 あるいは地下を掘るという方法もあります。総合図書館の前の噴水の下はまだ掘っていないから使えるかもしれない。相当コストはかかりますが、それぐらいのことをやらないといけないと思う。

 任期の6年間で何か目新しいことをやろうというのではなくて、これまで積もりに積もってきた課題をしっかり整理したいと思っています。

 

インタビューで出てきたキーワード解説(2面)

総長インタビューを読み解く

理想の教育棟 教養学部がある駒場Ⅰキャンパスに建設される予定の、教養教育を推進する施設。タッチペン式ノートパソコンなどの機器を利用して能動的に学習する教室が入る「Ⅰ期棟」と、実験教室が入る「Ⅱ期棟」に分けて建てられる。Ⅰ期棟の建設は今年度中に始まる予定。

教養学部後期課程再編 教養学部後期課程を再編し「文系」「理系」「文理融合」の三学科を置くことが検討されている。

討議力 東大が学部前期課程の教養教育で重視している、他者と討議する力。今年1月には、駒場1号館の一部の教室に可動式の机やいすを導入し、「討議力養成教室」とした。この教室は、4月から外国語や基礎演習の授業で使われている。

グローバル30 文部科学省が進める「国際化拠点整備事業」の別称。英語による授業だけで学位を取得できるコースの設置や留学生受入れのための環境設備等を行う事業で、東大をはじめ13大学が対象に選ばれた。これを受け、教養学部前・後期課程に新コースを設ける予定。

G8大学サミット 主要国の大学トップが集まり、大学の役割や社会への提言をする場。08年に日本の大学の呼び掛けで始まった。今年はイタリア・トリノで開催された。

ホームカミングデイ 卒業生が母校である東大のキャンパス訪れて、特別フォーラムやいちょう藝術祭などに参加するイベント。02年に始まった。今年は11月14日に開催される。

行動シナリオ 濱田総長が10年1月に発表する予定の大学の指針。総長の任期終了時にあるべき東大の姿を見据え、そのために教職員がどう行動するべきかの道筋を示すものとなる。

 

総長就任後の歩み

4月1日 総長に就任

4月13日 学部・大学院入学式であいさつ

4月17日 総長就任あいさつ

4月27~30日 東大フォーラム2009 in the UKに参加

5月18~19日 G8大学サミット2009(イタリア、トリノ)に参加

6月8日 東京大学基金の個人給付者と「第3回総長主催パーティー」を開催

6月15日 国立大学協会会長(会長=濱田総長)が、国から大学に交付される「運営費交付金」の削減を撤廃するよう提言

6月19~20日 ソウル大学長と会談。ソウル大学で講演

6月24日 オックスフォード大学学長と会談

7月20~21日 北京大学を訪問。北京大学長と会談

7月27日 山中寮内藤セミナーハウス竣工式典、竣工披露祝賀会で講演